なくならないイジメに思うこと

社会の課題
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2019年9月25日仏滅

前々から薄々気付いていたことだが、いつまでたってもイジメのニュースがなくならない。

学校でのイジメ、会社でのイジメ、嫁姑間でのイジメ。

イジメは子供だけの話ではなく大人の社会でも漫然とはびこっていっこうになくなる気配はない。

私の中での結論は、イジメはなくならない、ということ。残念ながら。

大人の社会ですらイジメがなくならないのだから、子供の生活環境の中でもイジメはなくならないのだろう。

 

私自身、中学1年生のときと30代半ばの頃にいじめられた経験がある。

最初はまさか自分のことだと分からず、きょとんとしていた。え?おれ??と。

思い出したくもない記憶。ましてや誰かに話そうなどとはまず思わない。

自分が弱くてみじめで、ちっぽけで消えてなくなりたくなる、そんな気持ちになるからだ。

大事なことは、イジメをなくそう、やめようと呼びかけるのではなく、いじめられたときの対応を考えること。

いつなんどきイジメられるか分からない。

いじめられるのは恥ずかしいことではない

ということを声を大にして言いたい。イジメられている子がいたら、そう伝えたい。

 

いじめられた側はみな自分を責めてしまう。

自分が悪い、自分が劣っている、自分が未熟でバカなのだ、どんどん自分自身をマイナス思考のループに陥れてしまうのだ。そのように考えることでしかなぜ自分がいじめの対象に遭うのか、ということに納得ができないから。

重要なことは「いじめらるのは恥ずかしいことではなく、よくあること」と教えることだろう。

そして「いじめ行為をする方が恥ずかしくてダサイ行為」と植え付けることだろう。

自分より弱いと思った対象に攻撃を加えるなど、人間として本当に小さいのだから。

 

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